株式会社 巻組

誰の目にも留まらない古い民家を蘇らせ、シェアハウスにしてユニークな人材を呼び込み、石巻にイノベーションを起こしつづける巻組。もともとはボランティアとしてやってきた渡邊享子さんが移住して立ち上げた事業は、さまざまな人を巻き込み巻き込まれ、今もむくむくと夢を膨らませている。21年に入社し広報業務を担う平塚杏奈さんに話を聞いた。
ヒ ト空き家をシェアハウスに
ボランティアの住まいがない!

巻組代表の渡邊享子さんが初めて石巻へ来たのは2011年5月のこと。東京で都市計画を研究する大学院生だったが、ステレオタイプな就職活動に違和感を抱きボランティアとして通い始めた。被災した商店街の経営者たちが、行政の支援を待たず協力し合って立ち上がっていく姿に感銘を受け、渡邊さん自身も移住して本格的にまちづくりに関わるようになった。まず見えた課題は、ボランティア用住居の不足。震災後に石巻へ入ったボランティアの中には、スキルを生かし本腰を入れて復興に役立ちたいという人が多くいたが、彼らの住む場所がなかったのだ。一方で被災者向けの住宅は一気に建設が進み、その陰で古く条件の悪い民家は放置された。渡邊さんはこれに目を付け、ほとんど資産価値のない空き家をリノベーションしシェアハウスとしてボランティア向けに提供する事業を始めた。2015年に法人化し、合同会社巻組を設立した。
価値ゼロの家に価値を付ける
震災から5年が過ぎると、住宅の供給過剰が目につくようになった。復興が進むにつれ公営住宅の戸数が充実し、みなし仮設となっていた古い賃貸は需要がなくなった。大量生産・大量消費型の価値観に疑問がふくらんだ渡邊さんは、さらに積極的に空き家の活用に取り組んだ。立地が悪く傷みも激しい通常の不動産市場には乗らない物件を、内装をとびきりおしゃれに、ときに斬新に仕立てた。無価値とされる既存の家に価値を与え、複数人でシェアすることで一人当たりの負担を減らした。「古くて不便もあるけど、それを面白がって入居する人はやっぱりユニークな発想の持ち主の方が多い。巻組のシェアハウスに面白い価値がついていきました」と平塚さん。
着眼点ユニークな人材が街を面白くする
ハード・ソフト両面を手掛ける

空き家をリノベーションして住人を募り賃貸管理を行う他に、現在は一般住宅や店舗などのリノベーション施工、人材育成とマッチング、インターンシップコーディネート、企業のブランディング等、ハード・ソフト両面の事業を手掛ける。巻組が作るユニークなシェアハウスを目指して人材が集まり、コミュニティが生まれて化学反応が起き、石巻に新しい発想や事業が育つようになった。
情報量とコーディネート力を生かし、石巻市地域おこし協力隊事務局の業務も受託している。直接運営するシェアハウスや賃貸住宅は15件、その他にリノベーションの施工実績はこれまで約50件だ。巻組の認知度が上がるにつれ「空き家を直してほしい」「引き取ってほしい」という問い合わせは増え続け、今は毎月5~6件の相談があるという。
アート思考の若者を呼び込む

2020年新型コロナウイルス感染症の影響をきっかけに始めた事業が「クリエイティブ・ハブ」だ。自社のシェアハウスを活用して、コロナ禍で活動の場や居場所を失った都会のクリエイターに無償で住居と発表の場を提供するというもの。クリエイターは無償で活動拠点の提供を受ける代わりに、お金以外の形で地域コミュニティへ貢献するいわば「コト・コト交換」のようなシステムで運用した。2021年にはこの事業に共感した島根県雲南市のコミュニティナースカンパニー株式会社、東京原宿のコミュニティスペースBE AT STUDIO HARAJUKUと協働が実現し、クリエイターが地方と都心を行き来しながら創作活動を行える仕組みを作った。「クリエイティブな人材が地域と関わりながら自由に活動することで、地域経済の持続的な発展につながると考えています」と平塚さんは話す。
2016年から取り組む「東北クリエイティブアカデミー」はアート思考を持つ大学生と企業をつなぐインターンシップコーディネート事業。アート思考とは、従来の常識や固定概念にとらわれないユニークな発想や創造を、自分の中から生み出していくこと。参加する学生は約1ヵ月にわたり地元企業とともに課題解決に挑み、企画からアイデアの実現までを体験する。毎年石巻市で実施していたが、2021年は新たなチャレンジとして加美町で行った。巻組では築120年の古民家をリノベーション。宿泊機能を備えたアトリエ兼コワーキングスペースに改修し、こうしたインターンシップに参加する学生らの拠点としての活用も見込む。

連携行政や民間企業と連携
地方に人を呼ぶ仕掛け

地元である石巻市からは地域おこし協力隊事務局の委託を受けている。インターンシップ事業を実施している加美町では、町と民間4社による地方創生テレワーク推進に関する協定を締結し、サテライトオフィスの開設やテレワークを活用した移住・滞在の推進を行う「ビーハイブコンソーシアム」を結成した。単に空き家をおしゃれに改装するだけでなく、リノベーションによって無価値を価値に変え人を呼び込む仕掛けを作るという巻組の手法が、実績をふまえて官民に広く評価され始めている。
強みを生かし合い新規事業創出
石巻でのより魅力的で創造的なワーケーション生活を提供しようと立ち上げた会員制コミュニティが「Third Self」。これは巻組と、オフィスデザイン等を手掛けるdada株式会社、牡鹿半島・蛤浜の再生やカフェ運営、観光事業を手掛ける一般社団法人はまのねとの協働事業だ。また2021年5月に巻組は合同会社から株式会社へ移行。ソーシャルメディアや新規事業創出に関する事業を行う株式会社ガイアックス(東京)と協働して「DAO型シェアハウス」を東京・神楽坂にオープンさせた。DAO型シェアハウスは、オーナーだけでなく入居者や出資者が運営に直接関与できるこれまでにないコンセプトが特徴だという。このように巻組は強みを生かしあえる企業や団体と次々に連携し、さまざまな事業を展開している。

持続性事業収入増が鍵
新コンセプトのシェアハウス

(加美町)
これまで培った空き家リノベーションとシェアハウス運営のノウハウを生かし、2021年にシェアハウスブランド「Roopt(ループト)」を立ち上げた。古い物件を、使える部分を最大限に生かしながら環境負荷を抑えた手法でリノベーションし、魅力的な住空間として蘇らせるのが特長。1日からという短期入居が可能で、生活に必要な設備があらかじめ設置されているため気軽な地方暮らし体験先としても活用できる。必要最低限の改装にとどめており、入居者自身によるリノベーションも自由。通常の賃貸住宅と比べて入居のハードルが低く、クリエイターのような一定の収入がない人でも契約しやすい。「さまざまな人の受け皿になることでここに面白いコミュニティが生まれ、シェアハウスの価値が高まっていく。住まいは箱としてだけではなく、人や暮らしや文化といった社会資本として価値を伴っているんです」と平塚さん。
面白がってもらえる価値観を創造
「効率的に大量生産し大量販売しつづける社会のあり方を、不動産を切り口にして変えたい。無価値とされる家に価値をつけるイノベーションを起こしたい」という渡邊代表の思いで走り出した巻組の取組は、連携する企業や団体、入居者、スタッフを巻き込んだり巻き込まれたりしながら発展し、現在も進化を続ける。平塚さんは巻組が作りたい価値観として「空き家が資源として見直されること」「空き家を使う発想をスタンダードにすること」を挙げる。目下の目標は、今後5年で全国にシェアハウス200棟を建てることだ。
リノベーションのための資金調達は、融資や投資家の支援による。事業の黒字化を目指しシェアハウスの稼働率を上げる工夫や、新たな収入源となる事業創出を模索している。「やるべきは多くの人に面白がってもらえる価値を創造すること。私たちはそれが得意です!」。平塚さんが、力強く話した。