一般社団法人SEAWALL CLUB (海岸線の美術館)

―「世界一長い美術館」が伝える命と記憶の風景
一般社団法人SEAWALL CLUB(シーウォールクラブ)は、2021年4月に設立された団体。宮城県石巻市雄勝町を拠点に高さ最大10メートル、全長約3.5キロメートルの巨大な防潮堤に壁画を描くアートプロジェクト「海岸線の美術館」を運営している。灰色の防潮堤に絵を描くことで、海沿いに新しい風景を生み出し、海と人、過去と未来をつなぐ場所に変えていくことを目指して活動に取り組んでいる。
ヒ ト 減ってしまった人口、増えていく協力者

東日本大震災で大きな打撃、人口は4分の1に
東日本大震災で大きな打撃を受けたのが、宮城県北東部にある石巻市雄勝町である。雄勝町では173名の尊い人命が失われ、70人が今も行方不明だ。そして4,000人いた人口は1,000人にまで激減し、町の住宅の80パーセント近くが全壊した。
そのように様変わりしてしまった雄勝町に新たに人を呼び込もうとする試みが、「海岸線の美術館」である。
呼びかけが力になる
海岸線の美術館は、雄勝町と海を隔てる壁に絵画を描いていこうとする試みだ。
「館長」である髙橋窓太郎さんは東京藝大の建築科に入学し、その後、電通に就職。石巻市雄勝町を知ったきっかけは2019年、前職の研修がきっかけで雄勝町に訪れたことだという。高さ10mの防波堤の前に立った時、壁画のアートプロジェクトを考え、研修の最後、住民や市に提案した。本来であれば提案のみで終了するはずだったが、住民の反応や「実現したい」という自身の思いから8年勤めた会社を辞め、現在に至る。
そんな館長から相談を受け、実際に絵画を描くのはアーティストの安井鷹之介さん。
震災当時、愛知県で震災のニュースを見た際、何もできない自分の無力さを痛感して、いつか東北に貢献したいという思いがあったという。
この二人を中心に行われるプロジェクトに協賛する人はどんどん増え、現在では、クラウドファンディングやプロジェクトへの参加など500人以上が支援する活動へと成長した。
着眼点 建築と芸術とPRを掛け合わせて

「海が見えない」~町と海を隔てる壁にアプローチする
石巻市雄勝町には、高さ最大10メートル、全長3.5キロメートルにも及ぶ巨大な壁がある。人気漫画に出てくる壁にも例えられるこの建造物は、津波による被害を二度と起こさないことを目的として建設された。
髙橋氏は、初めてこの巨大な防潮堤を見たときに、この壁を「津波から、町と人を守るためのもの」としながらも、同時に、「美しい海と、その地域で住む人々の暮らしを隔てるものである」ととらえた。
そこで出てきた考え方が、「海と町を隔てる壁に、新しい意味と新しい風景を写し出そう」というものだ。
海岸線の美術館は、この巨大な壁に、雄勝町の、石巻市の、宮城県の文化や人々の生活、景色を写し出すこと考えた。雄勝町で生きる漁師の姿や、昔から引き継がれているお神輿、震災に見舞われながらも翌年には例年と同じように美しい花を咲かせた「奇跡の桜」などをテーマとして描かれた生命力あふれる絵画は、見る者の心を打つ。
美しいまちと青い海を分断する壁は、現在、「世界一長い美術館」として新しい試みによって、雄勝町に生きる人々が未来に繋いでいきたいと願ったものを伝えるためのキャンバスとなろうとしている。
建築×芸術×マーケティング、ただの「鑑賞物」では終わらない取り組みを
海岸線の美術館は、「ただの鑑賞物」を作ることを目的として発足した試みではない。
この海岸線の美術館は、「建築と、美術と、マーケティングを掛け合わせて、人を呼び込むためのもの」という考え方の元で作り続けられている。
海岸線の美術館の近くでは住民と協力してお祭りやイベントなども積極的に行われている。
海岸線の美術館に関するプレゼンテーションピッチでの説明会では、「集客の見込みはあるのか」という質問もあった。そのような質問に対して、「今はアーティストの作品4品と学校の作品2品の合計6作品だが、これが10作品を超えるともなれば、世界でも類を見ないものとなる。過去に学び、未来を見ていこうとするこの美術館は、将来的にも収益に繋がる可能性がある」としている。

連携 子どもと、地域と、ほかの県と手を携えて

地元の小学校との連携、町の人たちとの連携で築かれていく芸術品
2024年12月現在、海岸線の美術館では6作品を取り扱っている。そのなかの2作品は、地元の小中学校と連携して描かれたものだ。たとえば、{HIGHLIGHT|ハイライト}は、雄勝小中学校の校舎内で、アーティストと生徒が一緒に作っていったものだ。2022年に在籍していた33人全員の姿が壁画には描かれていて、「自分の育った地元と、自分の育った学校に対して、愛情を持ち続けてほしい」という願いが込められている。
雄勝町には現在高校がない。そのため、子どもたちは義務教育を修了して進学をしようとすると、町の外に出ていかざるをえない。そのような状況も踏まえて描かれたこの「HIGHLIGHT|ハイライト」は、ここで子ども時代を過ごした人たちの思いと姿を、永遠に壁にとどめ続ける。
また、海岸線の美術館の作品は、作成前にまずは住民との対話を行っていることでも知られている。
設立にあたっては安井さんが雄勝町の道の駅に1カ月滞在して、制作展を開催。町の方々におすすめの場所などを聞いて、安井さん自身が感じた雄勝町の魅力、風景を描いていくといった形で、町の人たちと地道にコミュニケーションを取り、現在の関係性が生まれている。
今でも制作の際には雄勝町についての下調べをしたうえで、雄勝町の住人と話し合いの機会を設けて、何をモチーフにするか、どのエリアに描くかを決めていく。また、制作前には、壁を一緒に清掃して下地を一緒に作っていくイベントや、壁画完成時にそれを祝うイベントも行われている。
他地域とも連携を行う
2024年には、雄勝町外での壁画制作が行われた。舞台となったのは石川県小松市の廃校「小松市立旧波佐谷小学校」である。2018年の3月31日にほかの小学校と統合されて閉校したこの小学校の壁を使って作られたこの制作物は、雄勝町以外で作られた初の作品となった。
海岸線の美術館は、雄勝町の復興を目的のひとつとして始められたものではあるが、今後は地元の人たちとはもちろん、県外の人とも手を結び、クラウドファンディングなどを集いながら、積極的に推し進められていくものと考えられる。

持続性 石巻からつなげていくツーリズム

石巻からつなげるツーリズム
「海岸線の美術館」が目指す先は、「石巻市からつなげるツーリズム」だ。
現在は宮城県だけではなく、ほかの市町村でも少子高齢化や過疎化が叫ばれて久しい。しかし世界各国を見てもまれな「長く、高く、長大な壁」を使って行われる美術品の展示は、多くの人を引き付けるものだと髙橋氏は考えている。
「雄勝町にある壁画は、ベルリンやメキシコに見られるような世界遺産になりうるポテンシャルを秘めている」と髙橋氏は語る。「見立て」という文化を通じて、世界にもアプローチしていくことを考えている。
「株主」ならぬ「壁画パトロン」に
海岸線の美術館が打ち出す特徴のなかでもっとも注目するべきは、やはり「壁画パトロン」というシステムだ。
これは壁の絵画の著作権(※壁自体は町のものであるため)の所有者を募るもので、現在180人の協力者がいる。「50年後に世界遺産になる可能性がある壁の絵画の著作権を、あなたに」というこの試みは、現在多くの人に注目を浴びている。
一般社団法人SEAWALL
CLUBでは今後、海岸線の美術館の作品数を増やしていくと同時に、空き家となってしまった物件を改築し、ホテルやサウナ、カフェなどの展開も予定している。
「10年後には、40万人が集まる街に」と語る同団体の挑戦は、今もこれからも続いていく。