株式会社マルリフーズ

―マルリフーズがつなぐ地元の誇りと未来
『ヒトエグサ(あおさ)』の産地として知られる福島県相馬市松川浦から、あおさ専門の加工会社として数々の品を展開・販売。2011年3月の東日本大震災により存続の危機に見舞われるも、「今の場所で、もう一度」と2018年にあおさの養殖を再開。その後も収穫量の減少や風評被害に悩まされながら、あおさの可能性や将来性、地域や提携先との連携を信じ、松川浦港の復活に貢献している。
ヒ ト あおさで会社と地元の復興を
独自の技術を駆使し、「生で食べられるあおさ」を生み出した
株式会社マルリフーズは、1993年に福島県相馬市で創業した水産会社だ。30年以上にわたり、地元の豊かな海で採れた海産物や加工品を販売している。
営業部長の阿部さんは「東日本大震災より前は松川浦のあおさの生産量は全国第2位でした。相馬で生まれ育った私にとって、あおさは幼いころから身近な存在でしたが、マルリフーズに入社してから改めてその魅力に気づかされました」と語る。
マルリフーズの代表的な取り組みは、生のあおさ『ヒトエグサ』の高品質加工だ。冷凍タイプや乾燥タイプに加え、現在では最新鋭の粉末加工機を用いて市場でも珍しい粉末タイプの生産も手掛けている。
ヒトエグサは福島県だけでなく、静岡県や愛知県、三重県、熊本県、鹿児島県や沖縄県でも収穫でき、土地によって育ち方が異なる。「南であるほど育ちやすい」と考えられているが、福島県でのヒトエグサはのど越しが良く、エメラルドグリーンの美しさと品質の安定感が評価されている。
3.11の被害からマルリフーズの再出発を誓う
2011年3月11日、東日本大震災により被災。地震だけはなく津波の被害も大きく、会社の建物の1階を津波が通過するほどだった。悲運にも津波は松川浦港を見逃すことはなく、あおさの養殖場をも根こそぎ流してしまった。
建物も漁場も全壊、従業員の全員解雇にまで追い込まれたが、代表の稲村氏が、「それでも仕事をしなければ」との思いが強くなり、2018年に事業を再開した。「あのときに解雇せざるを得なかった従業員の働き口を守りたい」、「この場所にいるから、この場所に住んでいるから、通いやすいマルリフーズでまた働きたいと願う従業員の思いに応えたい」と胸に刻み、「この場所で、もう一度」と動き出したと稲村氏は語る。

絶望的な状況からの救いの手
とは言え、震災の大打撃からの復興は平坦な道のりではなかった。主軸であるあおさは全て流されたため、原材料であるあおさのりを県外の業者から仕入れなければならなかったが、原発事故の影響で、最終加工地が福島県になることを不安視され、最終的な取り引きまで結びつかず、苦境に立たされた。
2018年にあおさの養殖を再開するも、当初の水揚げ量は震災前の1割弱。しかし代表の稲村氏はあきらめなかった。「原発から40~50キロしか離れていないから、風評被害は終わらないかもしれない」「私たちの地域には、もう自信も持てない。何もない」という気持ちがあったが、「福島県には素晴らしいものがたくさんある。このままではもったいない」という気持ちも募り、「自信を持ってPRできるものを作りたい」と考え品質管理やあおさの新たな可能性を探った。
異物除去の精度を極め、外部機関で放射線検査も行い、安心して製品を使ってもらえるように徹底。安全と信用を守るためには全力を注ぐ。
その後、『松川浦かけるあおさ』が人気を呼び、県外にもアピールするために2022年の12月より発売。「佃煮だけではパイが少ない」との気づきからかけるタイプの調味料を手掛け、粉末状のあおさ加工に着手。
復興への想いと工夫の徹底は目に見える形となり、1億6,276万円の売上を記録しているほか、愛知県の業者が手を差し伸べ、あおさの取引も始まった。地元であおさの養殖を再開しながら、足りない分は譲ってもらった分を充てる。復興の大きな足掛かりにもなる、非常に心強い助けとなった。

絶望的な状況からの救いの手
震災の大打撃からの復興は平坦な道のりではなかった。主軸であるあおさは全て流されたため、原材料であるあおさのりを県外の業者から仕入れなければならなかったが、原発事故の影響で、最終加工地が福島県になることを不安視され、最終的な取り引きまで結びつかず、苦境に立たされた。
2018年にあおさの養殖を再開するも、当初の水揚げ量は震災前の1割弱。しかし代表の稲村氏はあきらめなかった。「原発から40~50キロしか離れていないから、風評被害は終わらないかもしれない」「私たちの地域には、もう自信も持てない。何もない」という気持ちがあったが、「福島県には素晴らしいものがたくさんある。このままではもったいない」という気持ちも募り、「自信を持ってPRできるものを作りたい」と考え品質管理やあおさの新たな可能性を探った。
異物除去の精度を極め、外部機関で放射線検査も行い、安心して製品を使ってもらえるように徹底。安全と信用を守るためには全力を注ぐ。

その後、『松川浦かけるあおさ』が人気を呼び、県外にもアピールするために2022年の12月より発売。「佃煮だけではパイが少ない」との気づきからかけるタイプの調味料を手掛け、粉末状のあおさ加工に着手。
復興への想いと工夫の徹底は目に見える形となり、1億6,276万円の売上を記録しているほか、愛知県の業者が手を差し伸べ、あおさの取引も始まった。地元であおさの養殖を再開しながら、足りない分は譲ってもらった分を充てる。復興の大きな足掛かりにもなる、非常に心強い助けとなった。
着眼点 認知度向上と販路の拡大
アイディアと生産力で、あおさの地位を確立した
こうして復活の兆しを見せた後、マルリフーズとあおさの快進撃は続く。
2020年の10月には、道の駅であおさのりの商品を出すことになった。「ここに来なければ買えないお土産を、相馬市でしか作れないお土産を」作るために、『乾燥あおさ』『あおさの佃煮』『ご飯の元』『あおさのゆべし』『あおさの粉末を練り込んだそばあられ』『あおさを入れた刺身こんにゃく』など6品を手掛け、ヒトエグサの可能性を広げた。
また、同年には第22回ジャパンインターナショナルシーフードショーへの参加し、松川浦産のあおさ養殖の再開や生産品を告知した。2021年3月には「JFS-B規格認証取得(HACCP工場認定)を受け、あおさと工場の安全性をもより確かなものと変えている。さらには2023年開催の『第14回調味料選手権2023』でかけるあおさが総合2位を受賞。「あおさとフライドガーリックのサクっと食感が楽しめ、あおさの緑色が残る唯一無二の万能調味料」として20代から40代への女性へのPRにも役立ち、さまざまなシーンでアレンジして使われるようになった。かつてはBtoBが中心だったあおさの加工がBtoCにも変わり、1日に数百個売れることもある。


連携 地元から海外にまで広がるネットワーク
マルリフーズの取り組みは、地域や国内外にも広がっている。2020年には松川浦や相馬の味わいを周囲に伝えるべく、地元企業や生産者と共同でブランド『すてっぱず松川浦』を立ち上げた。もちろんあおさを使った加工品や菓子などの製造・販売を通じ、土地の魅力や風土ならではの一品を届け続けている。「ふくしまみらいチャレンジプロジェクト」の取り組みや旭屋とのコラボ商品(あおさラーメン)など、挑戦とコラボレーションも話題となった。
※すてっぱずは福島県松川浦の方言で「ものすごい」という意味
2023年10月には、原発事故後福島県産水産品として、EU・欧州連合への輸出を開始した。安全性をアピールすると同時に、あおさのより確かな将来性に希望を託している。


持続性 海外進出と新商品開発を目前に
あおさの魅力を海外にも届けたい
このようにして成し遂げた復興には、次の選択肢も増えている。
ヒトエグサの栄養価や味の良さが話題となり、健康食品としての評価にも期待できる。ヒトエグサは海藻の中でも消化しやすい種類であるため、栄養価の吸収もできるとされている。実際に動物エキスを抜いて加工した商品はフランスなどのベジタリアンを対象に取り入れられ始めた。ONIGIRIの流行に代表される海外での日本食ブームを考えると、あおさの販路は一気に広がる。それに気づき、マルリフーズのホームページでは多言語に対応可能な造りとなっている。
こうして大きく強く育ったヒトエグサに、稲村氏、阿部氏は誇りを感じている。魅力をアピールすることで、「私たちはここにいる、ここに『人間』がいるぞ!」と叫ぶような気持ちになれるのだ。