株式会社孫の手

~「FoodCamp®」が描く地域再生ストーリー
福島県郡山市で、元々は、タクシーやバス事業などを行う交通会社が始めたプロジェクト「Food Camp®」では、実際に作物が取れる場所に行き、生産者の話を聞いたり、収穫体験を行ったり、そして、美味しい料理を青空レストランで生産者と一緒に食べるツアーを提供。このプロジェクトは震災がきっかけで生まれたものだ。現在は、日本全国の多くの方に知ってもらうために視野を広げながら活動を続けている。
ヒ ト 福島の魅力を開拓
始まりは郡山の観光交通会社
「株式会社孫の手」は2008年、郡山観光交通株式会社・山口タクシーグループの旅行会社として山口松之進氏が代表取締役となり立ち上げた会社だ。
社名の由来は高齢者向けに、自宅からタクシーで送迎するツアーを手がけていることから命名されている。2015年に「福島の魅力を開拓したい」という思いから「FoodCamp®」を始めたという。「Food
Camp®」とは、畑に赴き実際に収穫体験をして、その場で生産者と一緒に一流シェフの料理を食べるアウトドアレストランのことで、「生産者の想いを感じてほしい」という想いが込められている。
しかし2011年に発生した東日本大震災の原発事故の影響でその年にできた福島県の作物はそのほとんどが出荷制限となってしまった。
畑に行くことで作物の美味しさと安全性を伝える
郡山市では震災が起きる前から「郡山ブランド野菜協議会」という団体が活動していた。山口氏もそこに所属している方々や生産者の皆さんと交流したり、地元の青年会議所を通じてボランティア活動をしたりしたのだという。
そんな矢先に震災による被害が発生し、活動はストップせざるを得ない状況になってしまった。
そんな状況の中で、福島の農業を再興していくために「放射能を受けた土をどうするか」、「放射能の被害を受けにくい作物は何か」といった課題が挙げられる中、山口氏は生産者の努力に驚いたという。生業である農業を続けていくためにキチンとした知見をもってさまざまな工夫を凝らしていたのだ。
実際に畑に行き生産者の想いを聞いたうえで、畑で食べるとれたての作物の美味しさに感動し「風評被害をなくす近道は、実際に畑での活動に参加し、そこで感じた感動を体験してもらうことだ」と実感したそうだ。
こうした経緯から生産者やシェフの方々のご協力の下「FoodCamp®」がスタートした。

着眼点 福島の価値を再発見
生産者と直接会話できる機会
「FoodCamp®」は、畑で収穫を終えた後、青空レストランで料理をいただきながら、福島の素晴らしい生産者とお話できるのも魅力の1つだ。
これには、福島の価値を再発見してほしいという狙いがある。
過去のツアーでは、ある野菜農園にて、収穫体験をする前に参加者にクイズを出題したのだそう。クイズを実施したのは「単に収穫作業をしてもらうだけではなく、体験全体を通じて、この生産者がどういうところにこだわっているのかとか、この土地はどういう場所なのかとか、風の吹き方や土の柔らかさはどうなっているのかとか、そういうことを知っていただきたい」と考えたからと山口氏は言う。
こうして、今食べているものがどこで誰がどのようにして作っているかを認知してもらうことで、「作る」と「食べる」の連続性を理解してもらうことも大きなメリットだ。
福島県は四季がはっきりしているため、作られている作物も多種多様だ。それゆえに生産者の思い、作物を作る上での工夫も生産者によってさまざま。「FoodCamp®」ではそんな生産者ごとの特徴が活きるようにさまざまな取り組みが実施されている。過去には野菜を生でかじる、畑に寝っ転がって土の柔らかさを感じる、畑を眺めつつワインを飲みながら生産者に話を聞くなど、他では体験できないアクティビティが満載だ。食べる前のこうしたアクションがあるからこそ、作物の美味しさや知識がより深くなるのかもしれない。


生産者にも作物の美味しさを知ってもらう
作物の美味しさを知ってもらいたいのはツアーの参加者だけではない。「FoodCamp®」のもう1つの狙いは「生産者に自分たちが作った作物の素晴らしさを知ってもらうこと」だと山口氏は言う。実はシェフが作った料理は生産者も一緒にテーブルを囲んで食べている。生産者は食べる人の喜ぶ姿を直接見ることができる上、自分たちが作っている作物の素晴らしさを改めて認識する機会になるのである。現在の農業では「六次産業化」が推奨されている。「六次産業化」とは、国や自治体が生産者に対して、第一次産業における生産だけでなく、第二次産業における製造・加工、第三次産業における販売にも力を入れて取り組んでもらうという動きだ。しかし、山口氏はこの動きに違和感があると言う。
「農家さんは美味しい野菜を作ろうと日々努力しておられるし、それだけでも大変なことなのに、それに輪をかけて加工や販売までやらないと『良い農家』と評価されないのはおかしいのではないか」と問う。
「FoodCamp®」の取り組みは「六次産業化」の橋渡しとしての役割も担っている。ツアーを通じて地産地消の手伝いをしながら、農家さんの姿や思いを参加者に知ってもらうことで、通常では難しい六次産業化がチームで達成する事が出来るのである。

連携 ファンサイトで県内外に発信
日常と非日常の垣根を外していく
現在、生産者やシェフのことをより深く知れるファンサイト作りを進めている。せっかくつながったご縁をより広く福隠していく手段としてファンサイトを活用していきたいという思いがあるからだ。
ファンサイトでは、生産者やシェフの日常について発信する予定の他「あそこに行けばあの生産者さんの野菜が買えますよ」とか「このお店に行けばあのシェフの料理が味わえますよ」というようなこと
をお知らせしたりできれば良いなと山口氏は語っている。
「FoodCamp®」は生産者に背伸びを求めてはいない。生産者のいつも通りの日常を伝える。それはお客様から見たら非日常なのだ。生産者の日常のあたりまえの知識や行動にお客様は感動する。
現在「FoodCamp®」のHPには過去ツアーのアーカイブが見られるようになっているが、それだけに留めず、生産者の作ったものを販売したり、自社で生産者の者を加工商品にして販売できるように発信したりしていく予定だ。「FoodCamp®」の取り組みを通して、作り手と消費者、作り手同士、消費者同士の三方の交流が活性化される仕組みを作り上げていきたいのだと言う。
「食」以外の観点も見据える
「FoodCamp®」はツアー内容から食育の観点が色濃く出ているように感じるが、それだけではない。現在、環境保護の観点も見据えたパッケージも検討中だ。近年「SDGs」という言葉が多く聞かれるようになったが、言葉だけが一人歩きしていて実際に自然の循環を実際に体験する機会は滅多にない方も多いのではないだろうか。「FoodCamp®」自体が環境省のグットライフアワード環境大臣賞を受賞した自然環境を体感できるプログラムであり、それに加えて森を歩いたり、海で釣りをした理、地域文化体験をしたり、「食べる」以外の体験をセットにするプロジェクトを進めている。さらに、それを個人旅行ではなく、企業の福利厚生で体験したり、研修で実施したりできないかと考えているとのこと。日常と非日常だけではなく、食という垣根も超えて幅広い視点で多方面に連携を取ろうとしている姿勢があるのも「FoodCamp®」の強みだ。


持続性 強みは「地元目線」
地元の人たちの本当のニーズに応える
「FoodCamp®」の強みは始まってから現在に至るまで、観光視点ではなく、地元目線で取り組んでいるところだ。確かにビジネスとして成功させることは、持続させる上で大切なことだが、やりすぎてしまうとインバウンドの誘致とさほど変わらなくなってしまう。インバウンドを呼び込むことは「外貨を稼ぐ」、「旅行に行きたい人は財布の紐が緩いからとにかく高く売る」ということが少なからず存在するため、本来の目的からはずれてしまうのだ。この事業が成り立っているのも、「地元に美味しいものがある」ということがそもそも前提にある。地元の人たちが普段美味しく食べていて、その土地を訪れた人にも食べることをすすめていく過程を通じて、初めて「名物」というものができると個人的には考えていると山口氏は語っている。インスタントに名物を消費するのではなく、まずは地元の人に近くに素晴らしい生産者がいて、素晴らしい生産物を作っていることに気づいてもらう。そして最後には思いを知ってもらい、外部に広げていくことで新たな名物やブランドができていくのが、本当の意味での「地元の価値の再発見」である。そのためには地元のニーズに応えるのが大前提だ。その点「FoodCamp®」は生産者に直接関わっているので、現場の声をリアルタイムで見聞きしている。これぞ、最大の強みと言って良いだろう。

日本各地に眠っている価値を掘り起こしたい
「風評被害に負けず、作物の価値を知ってもらいたい」と始まった活動は、震災を経て「食」の枠を超え広がっていった。「FoodCamp®」は今後福島に限らず、色々な地域でこのスタイルを使って、それぞれの「地元の価値の再発見」を目指している。「いずれは「FoodCamp®」を県外に輸出して、日本中の隅々に眠っている価値を掘り起こすお手伝いをしていきたいですね。」と山口氏は語った。「FoodCamp®」という名前は商標を取っているため、このネームバリューを活かして地方にも光が当たれば、日本の未来はもっと明るくなるだろう。初めこそ「復興のため」と言っていたが、辛い出来事に対しては消極的になってしまうのは自然である。反対に楽しいことは積極的に取り組めるため「FoodCamp®」を通じて、楽しく美味しく環境について考えるきっかけになればいいと考えているそうだ。「FoodCamp®」の面白さが、縁遠いように感じている環境問題を自分事にしていただくきっかけになれば嬉しい」と山口氏は力強く語った。