地方での人材育成を志して南相馬市に移住
「以前勤めていた会社では、人材育成に関して難しい課題を与えることを重視していました。その結果、できる社員とできない社員がはっきりと分かれてしまっていた。でもそれは能力や才能のあるなしではなく、これまで学校で教えられたことと、社会で求められることの差異が原因かもしれない。そこに問題意識を感じていました」
こう話すのは、一般社団法人オムスビの代表理事・森山貴士氏だ。森山氏は大阪府の出身で、大学卒業後は東京にあるIT企業に勤務。2014年に前述の思いなどもあって退職した後、興味を持っていた教育ベンチャーへの道へ進むことも考えていたという。

そんな時、森山氏は知人から宮城県石巻市で開催されるITイベント行くという話を聞き、同行することになった。そのイベントで、「南相馬市でIT企業を立ち上げ、若い人材を育成し新たな産業を確立させて復興に尽力したい」という人と出会う。
「当時から、地方で何かに挑戦してみてもいいという気持ちは持っていました。南相馬という場所がどんなところか知りませんでしたが、こういう出会いも一つの縁かなと」(森山氏)。その後知人や先輩に相談を重ね「人材育成に重点を置くなら、都会よりは人口の少ない地方の方が見える課題も多く、同じ数の人材を育てた時のインパクトも大きい」(森山氏)と決断を下す。
思い切った挑戦ができた裏には、こんな事情もあった。「幸い、辞めた会社には3年以内なら元のポジションで復職できるシステムがあったので、3年は自分の力でやってみようと決めました」(森山氏)
キッチンカーの運用で地域を活性化
南相馬市に移住した森山氏は、個人事業主としてWeb制作、学校でのプログラミング授業などを行っていたが、収入は激減。一時は貯金が数百円になったこともあったという。そんな中でも努力を続けた森山氏は、地域のフリーペーパー「小高の少数力」を発行する製作委員会を設立。また、地域に前向きな可能性を示したいという思いから、ITを活用した町づくりを提案する「ITハッカソン」を開催した。そこで、後にオムスビを一緒に立ち上げる花岡高行氏、福島勉氏らと出会い、次なるステップへと歩みを進める。
「南相馬市小高区は、2016年に避難指示が解除されたばかりで、人が集まれる店がほとんどなかった。そこで花岡が、『地域の人々がコーヒーを飲みながら集まれるカフェがあったらいいね』と。でも、建物を借りてリノベーションしてオープンさせるには1,000万円くらい必要になります。小高にどれくらいの人が帰還してくるか想定がつかない状況で投資に踏み切るのは得策ではないと思いました。そんな時、かつて自転車でコーヒーを売っている人を見たことを思い出し、移動型なら投資金額を抑えられるかなと考え付きました」と森山氏は語る。
この発想から、後にオムスビの名前の由来にもなったキッチンカー「Odaka Micro Stand Bar」が2016年に誕生。中古車を購入し、ホームセンターで部品を調達しキッチンカーに改造して運用を始めることで、地域活性のための大きな一歩を踏み出した。

キッチンカーの運営を通して、人とのつながりの幅は広がっていく。その中で、森山氏は法人化の道も探るようになる。「任意団体だと団体としてではなく、個人に結びつくものとなってしまう。それは僕自身が望むものではなかったので、法人化したほうがいいのではと考えるようになりました」と語る。
任意団体の時から協力してくれているメンバーの大半が行政の職員だったこともあり、非営利団体の一般社団法人としての形を取り、一般社団法人オムスビを2017年に設立した。法人名のオムスビは「Odaka Micro Stand Bar」の頭文字を取ったもの。「名前を決めるとき、小さいところから始めようということでマイクロスタートという言葉を使いたかった。小高のOとマイクロスタートのMSをつなげるとOMSになるので、そこにBをつけてオムスビと読めるようにしました」
またオムスビという名には日本神話における神名にもかかわるという。「何かを生み出すことにまつわる神様の名で、これから何かを生み出していく小高の現状にも合っているかなと思って、この名前にしたんです」と語る。

複数のチャレンジで地域の人々をつなげる
地域の人たちとつながり、小さいところから始めることで、少しずつできることを増やしていったオムスビ。キッチンカーとして始めたカフェは、2018年には小高に常設店舗を開業。人と人とのつながりの大切さを再認識した森山氏は、人が集まるさまざまなしかけやイベントを開催してきた。
例えば、これまで数回開催している青空市場の「おむすびマルシェ」は、カフェに来てくれた人たちの話から生まれた。「『食品の宅配は便利でいいけど、産地とか選べないじゃない。買い物は自分で選ぶから楽しいのよ』と話していたんです。私自身もなるほどと思ったので、地元の農家の人はもちろん、京都府で青果店を営んでいる大学の先輩などにも協力してもらい、いろいろな産地の野菜をそろえて販売しました」と話す。
元々力を入れていた教育系の事業も順調に拡大している。オムスビの活動の中で、森山氏が当初考えていたITを切り口とした課題解決人材を育てるという目標につながっているのが、小高産業技術高校での情報処理などの授業だ。森山氏は、法人設立前から外部講師として授業を担当し、実体験を交えた話もしている。最初は年に2コマだったが、現在では約90コマを担当するまでになり、教え子は約150人にも上る。2022年からは実務家教員に任命された。

「小高は技能を持った人が少なくて、人材が不足している。社会課題に触れ、問題解決のためになるトレーニングをしっかりと伝えていくことで、地域の人材を増やしていけたら」と話す。

地域に根ざした持続可能な場をつくる
紆余(うよ)曲折がありながらも、知り合いのいない南相馬市で努力を続けてきた森山氏。移住して9年、法人を設立して6年の歳月が流れた。地域の人とつながり、やれることを少しずつ増やしていこうという活動意図のもと前進し続けるオムスビの2023年度の売り上げは過去最高を更新する見込みだという。2023年7月には「Odaka Micro Stand Bar」を移転し、新店舗「アオスバシ」をオープン。経緯について森山氏は、次のように語る。
「カフェでは多くのつながりが生まれましたが、コロナ禍の影響もあり売上は頭打ちで、持続可能な事業とはいえませんでした。また、カフェを利用する方というのは地域住民のごく一部で、地域の暮らしの豊かさに直結するようなサービスを提供できていないのでは、という思いもありました。そこで、地域の人たちが日常的に利用できるものとして、パン屋ができないかと考えたんです」
アオスバシではパンが冷凍で販売されている。「全国各地のご当地パンを冷凍して仕入れることで、職人が地域にいなくても品質の良い多種多様なパンを提供することができます。ロスも少なく、職人を育てるのが難しいこの地域でもこれならばニーズにあう商品を仕入れ、利益を上げていくことができるのではないかと考えました」と森山氏。
2階は移住者や滞在者が利用することを想定した、集中して働くことのできるコワーキングスペースとなっている。「一つの建物に集約することでこれまで以上に新たな出会いや活動が生まれるようにしたいと考えました。オープンスペースなので1階と2階の会話も相互に聞こえますし、気になる会話があれば行き来して話もできると思ったんです」

新たなスタートを切ったカフェ併設のパン屋に訪れる人も増えている。森山氏に今後の目標を聞くと、「持続可能な地域をつくるためには若い人たちが働き続けられる雇用が必要です。今の活動を大きくしていき、いずれは100人ほどの従業員を雇えるようになれればうれしいですね」と答えてくれた。
人と人とのつながりを重視し、少しずつ自分たちのできることを増やして、小高の地域活性化につなげているオムスビ。森山氏がスタートから出はなをくじかれながらも、気持ちを切り替えコツコツと努力を続けた成果だ。ゼロから地域をつくり上げるという森山氏の挑戦は、これからも地域の人たちと力を合わせながら続いていく。
問い合わせ先
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企業・団体名
一般社団法人 オムスビ
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代表者
森山貴士氏[代表理事]
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所在地
福島県南相馬市小高区東町1ー67
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